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残しておきたい雑談がある

リニューアルしたなぽりんブログ。(日常報告よりちょっとまとまったネタ)

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うつについての無責任な考察 (初出2010.5.7)

子供のとき几帳面で、でもそれが母親の努力によって成り立ってきた人は、母親などのサポートがなくなり、たがが外れたとき、本当なら、ゴミを平気で路上にポイ捨てする程度のだらしなさとか倫理感の崩れを身につけるべきなのかもしれない。
それができずにみのまわりのすべてを収容できなくなったときにパンクするのがうつなのかもしれない。
ここまで多いと、うつ(うつ気味とかね)にならない人がどうしてそういうふうでいられるのか、逆に不思議に見えてくるのだが、一つの仮説として、女性にサポートをうけつづけていられた男性、または、女性で、身の回りの男性をサポートすることを自分の人生より優先する(ようにみせかけつつやはり自分の意図をやんわりと通す)ことに疑問やつっかかりをもたなかった女性ならそうあったのかもしれない。そしてそれは地方にも、都会にもあることなのかもしれない。
 
なんとなくうつ経験済みの人とそうでない人だか、地方の人とそうでない人だかに、どうしても一線があるように感じられる。要領と情報が不均等であり、それを切望して均質化しても残るような。
まあ、私自身があまり平均的な人付き合いを許容しない(ように見える)タイプである。初対面への対人障壁がものすごく低く、ある場合には感謝されるのだが、それは、つづいていくと、相手の個性を尊重しないようにもみえる。自分と自分以外のクラウド善意みたいなつきあい方。
趣味もそうなんである。オタク、ミーハー。選別眼がない。迎合しているように見えるというか。ちがう、癖がないものが好きなだけだ。ヒトからどうみえようと私自身の好みはある。ただ、それを言い合うことで育てるというサポートがひつようならそれは好みではないのかもしれないとはおもう。結局好きの種類なんて人の数だけあるのだし、つきつめると尊重=孤立=個にもどるのかもしれない。

高橋源一郎さんがツイッタでおもしろいことを言っていた。「私に関係ないことでも私に有責だという態度が人と人をつなぐ」。しかしそれはおせっかいともとられるわけで日常でうけいれられない部分もある。
今日は急いでいるのでここまで。