残しておきたい雑談がある

リニューアルしたなぽりんブログ。(日常報告よりちょっとまとまったネタ)

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おもしろい質問があった

なぽりんです。
生まれ変わるなら、心のあるものにするか、それとも心のない(感… - 人力検索はてな

くりかえされる面白い質問をふと考えてみたくなりました。
心ってなんだ。心がないってなんだ。植物は心がないのか。動物なら心はあるのか。
 
先取りしてしまうとよくないので若い人にはここから先は読まなくていいよといいたいのですが、心とは生物の適応能力のフィードバックなんですよね。適応できない=悲しい。むずかしい場面でもよく適応できた=うれしい。
無限にひとしい適応能力がある植物(なんたって、野ざらしでも生きていける。適応した環境に植えさえすれば同じ遺伝子をもつ子孫は無限にひろがり命がつづいていく)はつねにうれしそうなのか、心がないのかという感じにみえてるわけですね。機械は適応能力がないとおもわれていましたが、人間がメンテしているAIでは適応能力がひろがってきました。適応=学習をするAIは将棋で人間に勝ちを得ています。もっと適応能力がひろがって自律型となったころ心のある機械がつくれるのかもしれませんが、まあ現時点では人一人の食事カロリーとはくらべものにならない恐ろしい電力を食いますから。
 
ただ、AIができたり、産業がなくなってきてゲームで暇をつぶす人間が増えたりすると、結構適応能力が1方向しか伸びなくなるのですよね。大学も無限に教えられるわけではないし。
心がなくなったほうが楽だなあと見ていて思うのかもしれません。
 
でも社会が変化すると、また求められている人は違ってくると思うので、あなたの個性にはいつか意味が出てきます。
 
 
今後もレテ川の恵みが受けられず、ネットという名のムネモシュネー川に直面させられた人間は、憎しみや悲しみをどう扱うのか。というのも面白い課題です。
 

また、「将来」も適応能力があるから選べるもので、老人には将来がないと感じられるのも「これ以上の伸び幅はない」と思ってるからですね。
でも適応しきった人間から学ぶのもそれはそれで世の中に役立つのですが。
中島らものカニの話を思い出します。