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手料理の意味

今はコンビニでおいしい弁当が手に入る。弁当はプロが衛生管理した調理場で作るし、POSで保存期間を管理していて食中毒にもなりにくい。バラエティ豊かな食材を少量ずつ家庭でとりそろえられないことを考えれば食材費も安い。なんなら加熱調理や鍋洗い・消毒も、一気に適切なプロ向け器具で済ますのだから地球にとってエコでもある。廃棄食材は家庭からでればゴミだが、業務用なら一部は飼料だろう。全人類がこの「給食型の食事」で納得できれば光熱費だの下水のBODだのはかなり減るのだろう。
じゃあ手料理は不要かというとこの土井さんの記事だよなあ。「料理する意味」(視点・論点) | 視点・論点 | NHK 解説委員室 | 解説アーカイブス
子供は厨房(母親の工房というかテリトリー)からプレゼント、デイリーログインボーナスが出てくるのを待つわけ。少しならオーダーも聞いてくれる。今日はダイエット気分だからプロテインを先に飲んでごはんは少な目とか、今日は疲れた、しょっぱいものでがっつり食べたいとか、風邪気味でのどが痛いから大根多めの卵雑炊が食べたいとか。
自分の個性をだれより知っていてくれる人との、今日の希望を聞き取る会話のなかで、思春期の子供はようやく自分という変動しやすい生き物をつかんでいく。食物アレルギーがなくとも、とおりいっぺんの給食では満足できないのが当たり前の個性のありかたなのだ。(そして、ダブル成人くらいの大人になると知るだろうけど、老いるにつれてこの個性はもっととがってくるんだよ・・・)
思春期は社会の荒海に漕ぎ出す船をつくる時期。ソラフネなんか小学校から合唱している世代でも、じゃあどうやって船をつくるかは皆目わからない。友達がよほど気が付く子でなければ、先生がよほど献身的でなければ、こういう親の役割を補うことなどできない。
 
勝間和代さんの手料理の作業記録的なのも面白そうではあるけど、土井さんのような話は正論なのになかなかこの時代では聞けない論だなと思う。
 
これを演繹して考えると。
母親・父親・その他の親しい年上が同じ部屋にいて、しかし全身でこちらに向いているわけでない、半身(はんみ)姿勢の「ついで話」「よもやま話」ができる機会は、思春期の子供が望むだけ十分な時間をとりたいと思う。(小児~小学生くらいでももちろん有効だけど、「ついで話」なんて悠長なものにはなりにくい。また高圧的なダメ出しワードの切り上げもなく最長で保ちたい)
親とコンビニに散歩、自宅もより駅までの送迎、医者への付き添い、車で移動するときに横に座るなど。
片方がテレビ内容に熱中してしまうのはダメ、ニュース程度のつまらなくていつでも消せる話題提供ならOK。また話に熱中すると運転がうかつになるのも人としてダメ。
とみると運転やテレビとちがって料理は慣れれば熱中というほどでもなく失敗しても人が死なないから(散歩の次に)適していると思う。
 
今はみんな忙しくて、役割の多い大人にとっては散歩も手料理もペットも贅沢ということになってしまうけど、子供と配偶者と自分(つまり、家族)の目に見えない部分のケアには手をかけないといけないよなーと思う。
 
あとカーブスに娘をつれていきたいなー